« 2004年8月 | トップページ | 2004年10月 »

2004年9月の7件の記事

2004年9月29日 (水)

M1...思い出す5年前

長かったようで短くも感じられるセ・ペナントレースも遂に王手!
雨天中止が最大の敵か?
ちょっと足踏みしてナゴドで胴上げなんてのも洒落ててグー!

確か5年前は9/30だった筈
個人的に非常に嬉しい事があった当日だったので喜びも二重
嬉しさの余り世界中にFAXを送りまくったのを憶えています
そう、5年前の私はパソコンすら持っていなかったのです

優勝の日に味わった人生最大の幸福も束の間
この5年間に様々な辛い出来事が私を襲いました
でも間近に迫ったドラゴンズ優勝が全てをリセットしてくれましょう

今年に関して言えば
ブログを通して得られたAMIGOSの存在が
ドラゴンズの優勝と合わせて二重の喜びと言えましょう

| | コメント (6) | トラックバック (6)

2004年9月24日 (金)

楽天、仙台参戦の舞台裏

ちょっとエントリー的には時期を逸した感が否めないが
どうしても気になる点があるので敢えて

楽天の発表を受けたかのように
巨人等がこれまでの新規加入問題への態度を軟化
これはライブドア潰しか?
同じ条件での一騎打ちならば楽天に軍配が上がる可能性大
(来期から楽天がセ、巨人がパ入りするというウルトラCも...)
という記者コメントが中日スポーツに小さく載ってました

そもそも前日まで大阪だ長野だと言っていたのに
その翌日には翻意するなんて「自己の意思」とは思えません!
何者かによる働きかけがあったのでは?と疑わざるを得ません

先に名乗りを上げたライブドアと後発の楽天
双方に承認をくだすとすればコレまたパ奇数球団となってしまう
そこで考案されたライブドア潰し
お膳立てとして楽天にも同じ土俵に上がってもらおうというシナリオ

プロ野球界に物申すという形で立ち上がった堀江社長と
営利目的で後に続いた三木谷社長
どちらかと言えば前者の方が既存オーナーらにとっては目障りの筈
後者を見方につけて新たなストーリー展開に利用しようとの目算では?

海外出張先で堀江社長は「やられた!」って叫んだことだろうが
なんの、なんの、この対決どのように結果が転ぼうが
ライブドアにとって追い風になること間違いなし
なんてったって楽天は「憎まれ役」を自ら買って出たようなもの
ファン心理は自然とライブドア応援に傾いている!

| | コメント (8) | トラックバック (12)

2004年9月18日 (土)

あ~あ

決まっちゃいましたね
プロ野球スト決行

経営側としては既に1リーグ化への構想が出来上がっていて
その第1段階としてのオリックス近鉄合併という筋書きがあり
「ついつい口が滑って」新規参入の規制緩和を発表してしまったものの
今回のスト決行による損害賠償請求と引き換えに
「やっぱり新規参入の話は撤回」なんて言い出しかねない腹黒さがチラホラ

選手側としても熟考して欲しいのは
世間一般的に会社が合併するにあたってストを行なう平社員は存在しないという点
商法上、合併無効の提訴権者は株主や債権者等に限定
経営判断としての会社合併にあたり解雇が伴うのはサラリーマンの宿命
プロ野球の話に会社の例を引き合いに出すのは問題なしとは言い切れないが
今回のスト動機は極めてイビツなものであり裁判問題に発展した場合の結末は不透明

こりゃ両者痛み分けですな
いちばん泣きを被るのは他ならぬ我々ファンでございます

| | コメント (9) | トラックバック (7)

2004年9月17日 (金)

背番号は777

Nana20040916_2名古屋名物ななちゃんが
ドラゴンズ・バージョンで登場

ゼッケンは何故か「777」
「77」と出来なかったのは多分、
宇野コーチとダブるのを避ける為だろう

個人的には77にして欲しかった
そして帽子の上には野球ボールを掲げ
「ああヘディング人生」というタスキをかけて欲しかった
(このネタが分かる人は相当の宇野さんファンでしょう)

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2004年9月14日 (火)

先輩もブラジルへ

既報の後輩に続いて我が先輩ちゃんもブラジルへと旅立つ

とにかく異色の経歴の持ち主
商社を突然辞めたかと思えば
地鶏研究家や江戸歴史研究家等を途中に散りばめばながら
流しの選挙請負人として活躍
政界に送り込んだ政治家は数知れず

奥さんも変り種である
商社時代に我が先輩を毒牙にかけ
主婦業専念かと思いきや作業療法士の資格までとり病院勤務に
しかし上昇志向冷めやらず休職して今はカナダで留学中
この2人夫婦として成り立っているのか?

選挙の合間を縫ってはカナダへ赴きランデブーしていた様だが
このたび先輩ちゃんはブラジルで次の勤務先を見つけ
今回は本勤務前の下見を兼ねての訪伯らしい
もちろん帰路にはカナダに寄り道すると思うのだが
この2人にとって地球という星は余りにも狭いと見える

岡山の居酒屋で閉店まで飲んだことがあるが
おもむろに「美味いラーメン屋があるから」とタクシーに乗せられ
夢見心地で連れられて行った先は広島
あのときは何て距離感覚のスケールが大きい人なんだろうと驚いたが
今思えば先輩ちゃんにとってはドーーーってことない当たり前のことだったろう

年明けからサンパウロ勤務となる先輩ちゃん
この人の後を慕って付いて行こうとするなら
そのうち宇宙服を着て会いに行かなければならなくなるかも知れない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月 2日 (木)

後輩くんブラジルへ

羨ましい
交流協会の後輩が卒業旅行で本日ブラジルへ旅立った

同じ都市の同じ研修先でブラジルを学んだ仲間の里帰り
世代は違えど共通の知り合いも多い

超一流企業に就職が内定しての独り旅
前途洋々と旅立ったことだろうが
羽目を外して人生の歯車を狂わせてしまわぬよう気を付けて欲しい

脱線人生もそれなりに得る物は大きいが失う物その数倍
若い彼には私と違い全うな道を歩んで欲しい

彼の年齢の頃、私も自信に満ちていた
そして階段を踏み外し今この有り様

まだまだ人生これからと強がってみても所詮、残り僅か何が出来よう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月 1日 (水)

口は災いの元

8月は4日間しか休んでいなかったのです
さすがにマズイということで31日は申し訳程度に5日目の休みをもらいました
27日に4日目の休みをとったばかりでしたので
僅か3日働いただけでの休日に嬉しいんだか損したんだか微妙な気分

溜まっていた事柄を一気にやっつけて前から行きたかった居酒屋へ
ファミマ勤務時代の常連のオバサンが独りで切り盛りする店

6人ほどの団体が一足早く店へ向かって歩いていた
団体の後だと待たされるかなと思いながらもついて行くと
彼らは店内を覗き込むなりキビスを返して他の店へと向かって行った

店には客は居なくオバサンはカウンターで独りテレビに見入っていた
久しぶりの再会にもプロらしく「さぐりトーク」で私の正体を突き止め
マンツーマンの会話はやがてファミマ談話へと発展していった

オバサンいわく「あそこの店にボーッとした店員が居てさ
電気代の払込用紙もって行ったら支払期限過ぎているからダメだってさ」

そりゃアンタ、そう応対したの私だってえの
レジを通そうとしたら警告音がしたので取り扱い不可と説明したら
怒り出したので再チャレンジしてみたら今度は警告音なくレジをパス
(支払期限すぎた払込用紙に時々起こる現象)
というエピソードがあったからオバサンのこと印象的に憶えていたという次第

本人を前にして「ボーッとした店員」はないよなと内心思いながらも
まったく気付く気配のないオバサンを喋らせておくと
今度はファミマの店長について話が及び始めた
サラリーマン時代の話やらコンビニを始めた頃の話やら

だが待てよ!例の電気代の用紙がレジ通らなかったとき
「私は店長の身内の者よ!」と息巻いていた筈
それなのに話の内容から察するに「ただ昔から知っている」というだけの様子

うーん、このオバハン、客としてはウルサイ部類に属していたので
一目おいていたが立場が逆転してみれば普通のオバハンじゃないか
毎晩ファミマに来ては説教たれて帰っていったが
辞める直前、隣のコンビニに強盗が入ったときも心配してくれたので
いつの間にか情が移り、いつか居酒屋へも行ってあげようと思っていた

でも実際に来てみると自分のことを覚えていないばかりか
配慮に欠けるトークを繰り広げる始末
おまけにカウンターには立て続けに大きさの異なる2匹のゴキブリが...
ファミマ時代の懐かしい思い出が崩れ去り来なきゃ良かったと後悔する私でした

今日の教訓
相手のことを明確に思い出せないときはボロが出るような話題は避けましょう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年8月 | トップページ | 2004年10月 »