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2005年3月10日 (木)

お帰りなさい!ニッパク24期生

可愛い後輩たちが帰ってきた!
日本ブラジル交流協会24期生

一段と逞しくなった彼らを出迎えに行くことが出来なかったのは残念
続いて4月にブラジルへと旅立つ25期生たちを見送りにも行けない自分が歯がゆい

帰ってきた24期生たちは直に募集が始まる26期候補生らを
親身になって指導、サポートしてくれるに違いない

そして26期生が出発準備を調える頃
25期生が帰国し、今度は27期生を...

この様にして脈々と受け継がれていく「人育て」の環は
今後も永遠に続いていくことだろう

その一部分だけでも何か役割を担うことができれば本望
自分にとって本協会との縁は切っても切れない

(以下は、ブラジル本国の日本語新聞に掲載された記事の転載)

体験発表聞いて 1年の研修回顧=交流協会生33人
JORNAL DO NIKKEY -3月5日(土)

 昨年四月からブラジル全国の企業・日系団体などで研修生活を送ってきた日本ブラジル交流協会の二十四期生三十三人が七日、帰国する。「働きながら学ぶ」が同協会のモットーだ。どんな収穫があったか。二人の研修生に一年間を振り返ってもらった。
 カシアス・ド・スル市の非日系企業「ポレッソ」で研修した伊藤潔さん(21)はいう。「日系人が一人もいない会社なので、日本人一人対ブラジル人との文化交流ができた。ブラジル人はいつもリラックスして仕事をしているところが印象的だった」
 ブラジル社会の現実も垣間見た。「ブルーカラーとホワイトカラーの差がひどすぎる。給料もすごく違うので驚いた」と伊藤さん。
 聖市の二宮正人法律事務所で研修した萩原礼子さん(22)は「たくさんの人によくしてもらい、多くの思い出を得ることができた。日本に帰ったら在日ブラジル人に恩返しがしたい」と語る。
 宿泊先は移住者が経営する学生寮。同居していた日系の女子学生二人との友情も深めたという。
 萩原さんは在日ブラジル人が多いことで知られる愛知県豊橋市出身。社会や学校で置き去りにされがちな彼らを目の当たりにしたのが、ブラジルに興味を持ったきっかけだった。
 帰国後は学校の教師を目指し、「ブラジル人の子どもたちを支えたい」と意気込む。
 各地の研修生は五日から七日まで聖市のブラジル日本語センターに集まり合宿。その日程の中には、体験発表会もある。同協会の林紀予子事務局員は「出来るだけ多くの方に聞いていただければ」と、一般参加も歓迎している。
 これまでブラジルで研修した協会生は、二十四期生も含め七百二人を数える。四月中旬には二十五期生が四十八人来伯する。

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