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2008年6月18日 (水)

毎日新聞にて観音堂お掃除隊が紹介されました

345910772_196ちょうど100年前の今日
第1回移民を乗せた笠戸丸が
ブラジルのサントス港に到着しました

この絶妙のタイミングで
ニッパク交流協会OBOGの有志による
伊豆大島富士見観音堂の掃除活動が
毎日新聞にて紹介されました

お掃除隊とは?⇒http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Suzuran/9314/fujimi.html

昨年、私も参加しました⇒今を生きる+A 2007年2月13日

余録:アマゾンの読経

 「今もなお鬼哭(きこく)の声が耳につきわが巡礼の旅は終わらじ」。長年、海外移住者の援護活動をしていた日本海外移住家族会連合会の初代事務局長、藤川真弘(本名辰雄)さんの歌だ。今年はブラジル移住100周年とあって、藤川さんにもらった歌文集「留魂録」を久しぶりに読み直した。
 ブラジルの密林で無縁仏になった移民の存在を知った藤川さんは、その鬼哭啾々(しゅうしゅう)の声に突き動かされ、57歳にして仏門へ。移民が夢に見たであろう富士山を望める伊豆大島に観音像を建てた。「海外開拓移住者菩提(ぼだい)・富士見観音堂」。30年前のことだ。
 自給自足の堂守となったが、8年後、読経巡礼先のアマゾンの川岸で自ら消息を絶った。享年70。その生涯は18年後、在ブラジルの映像作家、岡村淳さんがドキュメンタリー映画「アマゾンの読経」として記録、苦難の移民史に刻まれている。
 第1回移住者が笠戸丸でサントス港に入った18日を中心にブラジル各地で記念式典が開かれる。当時、移住したのは158家族781人(その他自由渡航者10人)。今では第6世代を含め約150万人もの世界最大の日系社会ができている。
 その多くの日系3、4世が仕事を求めて来日し、企業の「重要な戦力」として定着、“ブラジル村”も各地に広がっている。その日系人には、ワーキングプアの孤立した日本の若者と違って、強いきずなと活力があるという。
 藤川さんの死後、荒れ放題になった観音堂。それを知った日本ブラジル交流協会の研修生OBが時折、「お掃除合宿」に訪れている。生前、「国による棄民」を嘆いた藤川さんは日本ブラジル交流の新時代をどう見つめているだろうか。

(毎日日新聞 2008年6月17日)

□ 岡村淳監督関連サイト

僕は移民ストーカー
http://brasil-ya.com/okamura/

岡村淳のオフレコ日記
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/

岡村淳 ブラジルの落書き
http://www.hoshinot.jp/okamura/index.html

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