« 来年の節分が楽しみです | トップページ | 子供とブラジル食しかないのか・・・ »

2009年1月31日 (土)

「LIO DE JANEIRO」とか「ヴィーダ・ノ・ジャパオ」とか

Fx150ブログパーツを検索してたら
ブラジルのリオの表記が
「LIO DE JANEIRO」となってる
逸品を見つけてしまいました

ブログパーツ「世界時計」

直接関係ないですけど、少し前に「Japão」が
「ジャパオ」と書かれてる記事を見てひっくり返りました・・・
外国語の発音をカタカナに表すのは難しいですよね

しかしながら、ブログパーツ制作者さんも新聞記者さんも
ちょっと確認さえすれば「事故」は防げたと思います

さて、他人の粗探しばかりでは品格を疑われますので
毎日新聞の記者さんの記事をご紹介します

昨今のこの手の記事の中で最も核心を突いた内容であり
群を抜いて素晴らしい記事だと思います

特に個人的に面識ある記者さんを
持ち上げている訳ではありませんので、念のため

記者の目:心痛のブラジル移民の忠言=土本匡孝

 08年秋、移住100周年を記念した愛媛県の訪問団に同行してブラジルに渡り、愛媛出身の移民を訪ねて歩いた。「日本に言いたいことはありますか」と聞いて回ったが、返ってきた言葉は、現在の日本人に対する批判が目立った。世界的な不況の影の中で日本でもさまざまな問題が起きている今こそ「日本人の心」を大事にしてほしい--。そう忠告されたように思えてならなかった。
 「近代化? 個人主義? 本家本元の日本がなぜ」。ブラジル入りした11月13日の夜、サンパウロ市内で第1回笠戸丸移民(1908年)の孫、池田マリオ清高さん(63)に会った。純粋な望郷の念についての話が聞けると思っていたが、これが最初の言葉だった。
 マリオさんはブラジル生まれ。29歳で海を渡った1世の祖父を「お金のためではなく、人のためという『日本人の心』を持って生きた」とたたえた。祖父が亡くなるまでの14年間、一緒に暮らしたが、覚えているのは気が短く、けんかっぱやい姿という。ブラジルに渡った当初、移民はこき使われ、作物を安く買いたたかれた。「おじいちゃんはね、いろんな日系人に相談され、日系人みんなのためにブラジル人とけんかした」とマリオさんは言う。
 マリオさんは自らのルーツ探しで89年に初来日し、祖父の出身地、愛媛県伊予市などを訪問した。それからも2回、日本を訪れている。土曜を選んで東京都の親類の家に行った時のことだ。仕事で忙しそうにしていて、戸惑った。「仕事、仕事で日本はすごい国になったのは分かるが。ブラジルではいくら忙しくても、親類や近所の人との付き合いも大事にする。それがおじいちゃんが日本から持ってきた暮らし方だった」
 3日後に会った浅海喜世子さん(65)は「日本人は自立の精神が足りないのではないか」と語った。浅海さんは会ったこともない夫と結婚するために、70年に単身海を渡った「花嫁移民」。ブラジル人の生徒に交ざって中学と高校に通い言葉を覚え、しんきゅう師などをしてきた夫を支えた。
 「日本では安全と水はただ? こちらは水は良くないし、安全もない。いつ殺されても仕方ないくらいに毎日思っている。自分は自分で守る」と語り、「困難や貧しさの中でこそ雑草のような強さが出てくるのではないか」と話した。浅海さんが飛び込んだ未知の世界では、「家族」と「日々を納得して生きる」ことが心の支えだったという。
 リオデジャネイロ市で会った高岡純平さん(81)は「日本の若者は情けない」と昼食会の途中、私の目の前で泣き出した。高岡さんは34年に父母ら7人と移住した。99年、初めて帰国した時のことだ。電車の中で、お年寄りに席を譲らない若者を見た。「日本を背負って立つ子どもがこんなにも堕落しているのか。昔の日本人は誰でもそうだったし、ブラジルでも老人に席を譲るのは常識だ」「『徳育』はどこにいったのか。日本の若者にブラジルを見せてやりたい」と憤った。
 高岡さんは「ブラジルのしつけはおおらか」と笑うが、人様に恥ずかしいようなこと、個人主義的なことはさせないように子どもをしつけたという。「サンパウロ市内のメトロ(地下鉄)では皆が席を譲る。私は一度も立ったことがない。戦後の日本の教育は人間の根本の『思いやり』が無くなったのでは」と話した。
 ブラジル日本移民史料館(サンパウロ市)などによると、1908年4月に初の移民船笠戸丸が移民781人を乗せて神戸港を出発してから、戦前約19万人、戦後約6万人がブラジルに渡った。現在140万人を超える世界最大の日系社会を形成している。私が取材した人たちはその一部に過ぎないが、地球の反対側にいる「同胞」は、地元邦字紙などで日本で起きている事件などを知って心を痛めていた。
 出稼ぎへの偏見から日本にいる親類が来日した日系ブラジル人と会うことを拒絶したという話や、「奇異の目で見られるから」と、日本に帰国した際は素性を明かさないようにしているという移民1世の話も聞いた。これが、日本を案じてくれている彼らに対する仕打ちだとしたら、あまりに悲しい話ではないか。
 拝金主義や他人の痛みに対する想像力の欠如から、日本ではさまざまな事件が起きている。「派遣切り」が社会問題化し、出稼ぎで来日した日系ブラジル人の失業も顕著になっている。ブラジルで会った日系人の「先輩」に胸を張れる日本を作らなければ。ブラジルで、そのことを託されたように感じている。(今治通信部)

毎日新聞 2009年1月29日

|

« 来年の節分が楽しみです | トップページ | 子供とブラジル食しかないのか・・・ »

BRAZIL」カテゴリの記事

多文化共生」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。